モンゴル国ウランバートル市ゲル地区の住宅事情
9月下旬、国交省補助事業※1,2に基づくプロジェクトに参加し、モンゴル国ウランバートル市ゲル地区の住宅事情を調査しました。このプロジェクトは、モンゴル国の森林資源の建築材料への利活用と環境負荷削減型木造住宅の普及を目的とし3年計画で取り組むもので、今年度がその1年目となります。
モンゴル国ウランバートル市には、「ゲル地区」と呼ばれる移動住宅「GER」を住居住宅とした地区があります。
写真は、ホテルの窓からの景色です。市街地の周辺に広がる丘陵地に密集している住宅街がゲル地区になります。
1992年民主化したモンゴル国となった以降、急速な市場経済化で都市部への人口集中が加速しウランバートル市は全人口の半数以上の170万人となっています。住宅不足から政府は市街地周辺に住宅地を提供してきており、それがゲル地区となって市街地を囲むように広がっています。
ゲル地区は上水道や下水道、市街地では公共交通機関の不足といったインフラ整備が遅れており、住環境問題や環境汚染問題がモンゴル国とウランバートル市の開発課題になっています。
【丘陵地のゲル地区】
このプロジェクトが提案しようとするゲル地区適用型木造住宅は、日本の家づくりと同じように地産地消型を目指しています。モンゴル国の森林は地下に永久凍土がある北向き斜面に主に分布し、永久凍土がない南向き斜面には草原が広がっています。
【北向き斜面の森林】
【南向き斜面の草原】
森林資源として、カラマツ、シベリアマツ、白樺やアカマツがあり、木材用途の9割は燃料用で、建築用途でいえば床、壁や天井などの内装、RC造建築物の置き屋根の小屋組部材です。森林には立ち枯れ木も多く、これはほとんど活用されていません。木材の調査としてウランバートル市内にある木材市場を視察しました。市場には帯鋸が設置されており、平角材から縁甲板や集成材のラミナに近い板物を挽いていました。その帯鋸は、固定された機械がコンベアで移動する平角材を垂直に挽く日本とは違い、架台に置かれた材を人手でもって機械を水平に移動させて挽いていました。これでは挽き終えた材が重なり挽きにくくなるため、5~6枚重なる毎に、人手を要して架台から移動させます。また、大鋸屑は、それを吸い取る集塵機もないので、宙に舞って機械周辺に積もります。大鋸屑がある程度積もると袋に詰め込みます。その袋が重なるように、市場内に放置されていました。
【木材市場の様子】
【丸太材】
【帯鋸と大鋸屑を入れた袋】
これらのモンゴル材を建築物に適用させるためには、木材の物性を把握する必要があります。特に曲げ強度や曲げヤング係数は、床組や小屋組の横架材として、人や物品等の鉛直荷重を受けるので、構造設計には欠かせない数値です。当プロジェクトの前段階として、2022年2月ものつくり大学でモンゴル国から輸入したカラマツとアカマツの曲げ試験を実施しました。この試験結果より、曲げ強度と曲げヤング係数には相関性があり、横架材として十分な性能を有することが分かりました。
【曲げヤング係数の計測】
【曲げ試験結果】
ゲル地区の研究では、当プロジェクトのメンバーでもある東京工芸大学工学部建築学系の八尾廣教授が長年に亘り取り組んでおられます※3。今回モンゴル市街の西側に接する地域を歩き回りました。この地域は、市街地とゲル地区が混在しているような場所でした。ゲル地区の1区画の土地面積は平均500㎡(約150坪)で、これは政府から無償で与えられます。その土地は高さ2m程度の木柵などで囲まれています。ウランバートルの気候※3は年間平均気温-0.6℃で、冬季は-30℃にもなります。平均年間降雨量は300㎜未満で、その70%から80%の降雨量が6月後半から9月前半に集中します。この頃の気温は平均15~℃20ですが35℃を超えることもあります。湿度は60~70%で日本より低いです。このような環境では、シロアリは育成しませんし、湿度は木材腐朽菌の育成条件(85%以上)には届きませんが、木柵の下部に腐朽が見られました。
道は未舗装で轍により人も車もスムースに進めません。1区画内には固定住居のバイシンが1棟建てられ、子供が独立し家族を持つと、それに合わせて移動式のゲルが建てられています。公共交通機関の不足からほとんどの住人は自家用車を所有しており、朝夕の通勤ラッシュは日本以上です。乗用車は圧倒的に日本から輸入された中古のハイブリッド車で、道路を埋め尽くしています。右側交通のモンゴル国には合わない右ハンドル車なので、追い越しには、身を左へ捩るようにして安全確認を取っていました。
【木柵で囲まれた住居】
【木柵下部の腐朽】
【未舗装の道路】
【ゲルと自家用車】
ウランバートルは、訪れた8月下旬であっても東京の冬でした。コートは欠かせませんし、9月になればオフィス・ホテル等にも暖房が入ります。ゲル地区の住環境問題点として、冬季の燃料と屋外トイレの問題があります。暖房は石炭ストーブに頼ることで大量のCO2を排出し、大気汚染問題に繋がります。ウランバートルの自家用車のほとんどがハイブリット車なのは燃費がよいという理由で購入されるわけですが、大気汚染対策には有効な手立てです。 最初に書いたようにゲル地区には上下水道が未整備です。屋外トイレは土地に穴を掘って板を渡したような粗末なもので、臭気問題、消毒剤による土壌汚染問題が取り上げられており、冬季のヒートショックも懸念されます。水はスーパーマーケットなど購入するミネラルウォーターが頼りです。屋外に給水タンクを保有している住居もありました。また、ゲルやバイシンの断熱効果は不十分で、建築工法もDIYがほとんどで構造的にも安心した住まいにはなっていません。
このような問題点を解決できるゲル地区適用型木造住宅の提案が急務になります。これに関するシンポジウムを国立モンゴル科学技術大学と日本とのオンライン併用方式で開催しました。参加者は、当プロジェクトメンバーと国立モンゴル科学技術大学の先生方です。聴衆者に科学大学の学生達も多く参加し、熱心にメモを取っており、登壇者を交えたディスカッションでは積極的な質疑応答がなされました。
【八尾先生の講義-日本からの参加】
【参加した科学大学の学生達】
【シンポジウム参加メンバー】
[参考]
※1:www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001721202.pd
※2:https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001741563.pdf
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/shuppanbutsu/bunkazai_pamphlet/pdf/92793901_01.pdf
※3:八尾廣,モンゴル国ウランバートル市ゲル地区の居住及び住環境改善に関する提言(その1) / 日本建築学会大会学術講演梗概集/建築計画(2016)1075-1076,2016-08-24
※4:https://openjicareport.jica.go.jp/643/643/643_115_11696218.html
https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/11696218_20.pdf